調査・研究・データResearch/Data

大地震や豪雨に備え指定都市が挑む災害に強いまちづくり

令和4年3月14日

東日本大震災の被災地で情報収集する静岡市のオフロードバイク隊(静岡市提供)
東日本大震災の被災地で情報収集する静岡市のオフロードバイク隊(静岡市提供)

大都市をもっと、災害に強く―。全国に20ある指定都市(※1)の市長会が、被害の防止・軽減策をまとめた事例集「災害に備えて―指定都市が取り組むレジリエントなまちづくり―」を作成した。地震や豪雨などの被害実例・想定を踏まえた対策は多岐に渡り、ハード面の整備にとどまらない。地域特性に合わせ、工夫を凝らした広島、名古屋、静岡、浜松各市の実践例を通して都市防災の最前線を紹介する。

難工事の末 巨大貯水管を埋設

集中豪雨による土石流が住宅街を直撃し、77人が犠牲になった2014年の広島土砂災害から7年。広島市安佐南区八木・緑井地区はなお復興の途上にある。豪雨対策の根幹は、山から流れ落ちてくる水を一時的に受け止める巨大な雨水貯留管の埋設だ。

下水道も兼ねる貯留管は直径5.25メートル、延長1キロメートル、地下12~30メートルに埋設する。周辺6河川の流下能力を超える水を貯め、2カ所の排出口で流量制御しながら河川に流す仕組みになっている。

被災翌年に着工。5年以内に完成予定だったが、2年ほど遅れた。貯留管の埋設地に高硬度の転石が多数あり、掘削機の前進を阻んだためだ。

被災直後の広島市安佐南区八木・緑井地区(広島市提供)
被災直後の広島市安佐南区八木・緑井地区(広島市提供)

同地区の古文書をひもとくと、江戸時代に「山抜」(土砂崩れ)が発生し、土石流が約1キロメートルに渡って流出したという記載がある。埋設地の石がいつ転がって来たのか不明だが、この地域が自然の脅威にさらされ続けてきたことをあらためて浮き彫りにした。

同地区ではこのほか、土石流をせき止める堰堤(えんてい)を約30カ所建設するなどし、被災当時の雨量(24時間247ミリメートル)でも安全を保てるようにする。広島市は「災害対応の公園やトイレ、伝承館なども備えた先進の災害モデル地区を建設したい」としている。

名古屋駅地下でも進行中

豪雨対策として巨大貯留管を埋設する事業は、名古屋駅周辺でも進行中だ。

名古屋市では、2000年9月の「東海豪雨」や08年の「平成20年8月末豪雨」などにより著しい浸水被害が集中した地域や、名古屋駅などの都市機能が集積する地域を対象に施設整備を進めている。

「名古屋中央雨水調整池」は平成20年8月末豪雨を受けて整備を進めている貯留管で、直径5.75メートル、延長は5キロメートルに及ぶ。併せて貯留管の下流側の運河沿いに、深さ約65メートルの雨水ポンプ場を建設中。東海豪雨を受けて建設した同駅周辺に点在する既存の4調整池ともつなげ、貯留しながら連続排水できる仕組みを構築する。

名古屋駅近くに建設中の名古屋中央雨水調整池(名古屋市提供)
名古屋駅近くに建設中の名古屋中央雨水調整池(名古屋市提供)

14年に建設を始め、リニア中央新幹線の開業前までに終了する予定。名古屋地方気象台における過去最大の1時間約100ミリメートル(東海豪雨の記録)の降雨でも床上浸水をおおむね解消することを目指す。

高層ビルが林立する巨大ターミナル駅周辺だけに、工事は創意工夫が求められている。早急に浸水対策を進める必要がある一方で、工事用地確保が課題となることから、掘削機の発進地点は都市公園の地下に設定。地下構造物などを避けるため、地下45~55メートルを掘り進んでいる。また、4カ所の地下調整池をつなげる作業は最大34メートルの落差をつなぐ難工事となる。

職員が素早く"変身"機動力生かし情報収集

20都市の取り組みの中で異彩を放つのが、静岡市のオフロードバイク隊だ。ヤマハ「セロー」とホンダ「TLM」など40台のバイクと運搬用トラック1台を所有。隊員32人(うち女性3人)の所属部署はさまざまで、災害時はいち早く市役所とその近くにある駐輪場に駆け付け情報収集に走り回る。

きっかけは1995年の阪神・淡路大震災だった。被災地に派遣された同市職員が、車の渋滞や道路に散乱する障害物、ライフラインの遮断等を目の当たりにし「災害情報は待っていても集まらない。自ら情報収集する手段を持つ必要がある」と進言。96年、全国の自治体で初めて市職員で構成する静岡市オフロードバイク隊を創設した。これまで、市内で震度5弱以上の地震発生時に出動したほか、2011年の東日本大震災や16年の熊本地震では市の先遣隊として被災地に派遣され、現地の情報収集活動を行った。

熊本地震で現地の被災状況を確認する静岡市のオフロードバイク隊(静岡市提供)
熊本地震で現地の被災状況を確認する静岡市のオフロードバイク隊(静岡市提供)

東日本大震災の発生から約1カ月後、仙台に1週間滞在した隊員は「連日100キロメートル以上走り回って災害状況を確認し、写真撮影などの記録を続けた。訓練を積み上げてきた成果により、がれきが散乱する被災地でも自在に動き回ったり、停車したりすることができた」と振り返る。「災害時に情報通信網が途絶えても、バイクなら情報を集めて持って帰ってくることができる。アナログな手段だが、災害時は大きな役割を担う」と自負する。今後は走行しながらの動画撮影や、ドローンを活用することも検討中だ。

高度な運転テクニックは不要だが、不整地でも安定して曲がることができる技術や、前輪を浮かせて障害物を乗り越える「フロントアップ」という技を使えることが望ましい。隊員たちは2カ月に1度ほど、通常業務の合間に自衛隊との共同訓練や、二輪メーカーのインストラクターによる訓練などを積み重ね、いざという時に備えている。

景観や環境に配慮 憩いの場にも

南海トラフ巨大地震で最大14.9メートルの津波を想定する浜松市の沿岸地域には、2020年3月、延長17.5キロメートル、高さ13~15メートル、幅30~60メートルの防潮堤が完成した。

両斜面に植栽が整備された防潮堤。左は国道1号バイパス=浜松市西区篠原町(静岡県提供)
両斜面に植栽が整備された防潮堤。
左は国道1号バイパス=浜松市西区篠原町(静岡県提供)

現在整備を進めている馬込川水門も完成すると、市内の想定浸水面積は従来の2割程度に、2メートル以上の宅地浸水面積は2%となる。危険性は大きく低減されるが、浜松市の担当者は「過信は禁物。万が一に備えて備蓄したり、警報発令時は即座に避難したりする必要がある。これらをしっかり啓発したい」としている。

指定都市の取り組み事例集を取りまとめたさいたま市の小澤剛史さんも、一人一人の心掛けの大切さを強調する。「指定都市は、目に触れない場所も含めてさまざまな防災施策を講じているが、ハード整備だけで災害に対応することは難しい。市民の皆さんの自助、共助と合わせてさまざまな備えをすることこそ大切」と話している。今後起こりうる大規模災害による被害を最小限に抑え、たとえ被災しても迅速な復旧・復興へとつながるよう、指定都市は率先した取り組みを進めていく。

注釈※1...指定都市

地方自治法で「政令で指定する人口50万以上の市」と規定されている都市。道府県と同等の行財政能力などを求められ、全国792市(2018年10月1日現在)のうち、概ね人口70万人以上の20の都市が指定されている。

注釈※2...CSG(Cemented Sand and Gravel)工法

現地発生材(土石)にセメントと水を混ぜて作った材料を用いた建設法。強度の定義やその試験方法、品質管理法が定められており、最も重要な永久構造物であるダム本体にも用いられている。現地調達の材料を有効利用するため、環境に優しく、工期やコストを減らすこともできる。

指定都市市長会について

指定都市市長会は03年12月に、「指定都市の緊密な連携のもとに、大都市行財政の円滑な推進と伸張を図ること」を目的として発足した組織で、現在、全国20の指定都市で構成している。

主な活動として、各市の連携を図りながら、地方分権改革の推進や多様な大都市制度の早期実現に向けて政策提言などを行っている。

近年の激甚化する自然災害や切迫する巨大災害に備え、20年と21年の11月には、国土強靱化の取り組みを一層推進するため、(1)「防災・減災、国土強靱化のための3か年緊急対策」終了後の継続的な財政支援(2)緊急防災・減災事業債の対象拡大・延長―などを国に要請し、実現した。

(c)2022編集・制作=神奈川新聞社